「溶接女子」が立ち上げた町工場

株式会社エス工房
「溶接女子」が立ち上げた町工場

倉庫のような広い工場の前には、出荷を待つ完成品や、これから手をつけなければならない受注品が山のように積まれています。「(株)エス工房」の代表を務める佐原由香さんは、小さな体ながらも重いパーツの入った箱をいともたやすく持ち上げます。「昔は持ち上げられなくて泣いていたんですよ」。そう言う笑顔が素敵です。

小学3年生の頃から燕市に住み、小さい頃の夢は「美容師」や「ケーキ屋さん」。ごく普通の女の子でした。地元の高校を卒業し調理師の専門学校に入学。「料理に携わる仕事ができれば」という漠然とした希望をもっていましたが、学校はあえなく挫折。燕市内の飲食店で働くことになりました。ここから、佐原さんの人生は思わぬ方向に転がり始めます。

25歳の頃でした。
「お店の常連さんから、『組み立て仕事をやってみないか』と声を掛けられたんです。私のイメージでは家の中でできる簡単な内職仕事かな、と思ったので、気軽に『やりたーい!』と言っちゃったんですよね」。

ところが、フタを開けてみたら相手は巨大な鉄のパーツ。しかもワンロット100、200の世界。リフトが必要なレベルの物量で、とても家でできる「内職」ではありません。

「でも、断る隙も与えられず『そうか、家じゃ無理か。じゃ、場所探すか』ってその常連さんに押し切られて。とんとん拍子に話しが進んでしまいました…」。

実はこの「常連さん」、燕市の金属加工会社「(株)イーティー工業」の代表・遠藤健志さん。これから佐原さんの人生に大きな影響を与えていくとは、当時は知るよしもありませんでした。

「社内外注」で技術を磨く

曲がりなりにも作業ができる環境が欲しい。そう思った佐原さんが声を掛けたのが協栄信用組合です。

「協栄さんなら地域の実情に詳しいし、私が望む手頃な物件も知っているかも」。

狙いは的中。車2台が停まれるくらいの車庫で、裏の畑にはプレハブが建てられるスペースもあります。車庫を事務所に。新しく建てるプレハブを作業所に。資金面でも協栄信用組合のサポートが受けられました。さしあたり組み立てに必要なドライバーと作業台、小さなエアコンプレサッサーはホームセンターで買い揃え、「エス工房」の原型となる作業所がスタートしました。といっても、スタッフは佐原さん一人です。

「飲食店と掛け持ちしながら、100個の『内職』はクリアしました。でも、もちろん借り入れたお金の返済がありますから、仕事はまだまだ受けなくちゃならない。けれどそれには設備が全然足りないんです。そこで遠藤社長にお願いして、イーティー工業の設備をお借りしながら社内外注的に仕事をさせてもらいました。溶接の技術も同時に勉強させてもらいながら」。

「彼女はすごく真面目だし、根性がある。手に職を持てば、きっと一生食いっぱぐれることなく仕事ができるはず。それに女性は仕事が綺麗なんだ。大事な仕事を任せるなら、女性がいい。溶接一つでも、男と女じゃ仕上がりが全然違う」(イーティー工業・遠藤代表)。

順調に腕を磨いた佐原さんは、同社から中古のベンダー(折り曲げ機)を譲り受け、徐々に自分の作業所でも仕事を行うようになりました。コツコツと中古の工作機械を買い集め、仕事の幅を広げ、従業員も使うようになる頃には新たな場所がまた必要になりました。

経営者として「次」を目指す

場所探しで、またも頼りになったのは協栄信用組合でした。今度の建物は金型屋さんの跡ということもあり、広さは充分。工場や事務所を自分たちの手で綺麗に改装し、「株式会社 エス工房」として法人化も実現しました。協栄信用組合のアドバイスで「創業補助金」も得て、初めて新品の機械を購入することもできました。

それから3年。当初はイーティー工業に頼っていた取引先も徐々に広がり、現在は従業員5人を抱える立派な町工場に成長しました。

「最初は何もわからず、何もできずで、それが一番辛かったです。一年目は本当に泣きながら仕事していました。私は女性ですからどうしても腕力がありません。溶接の仕事で重たい部品を支えるのは大変ですし、ベンダーの金型を交換するのも力が要ります。最初の頃は自宅で鉄アレイを持ってトレーニングもしてみました。今ですか? もうそこいらの男には負けません(笑)」

モノづくりが盛んなこの地域でも、創業社長が女性という工場は珍しいといいます。協栄信用組合でエス工房を担当する稲田さんもこう語ります。

「特に今はリスクを背負う女性はあまりお見かけしません。けれど佐原社長はそれに挑み、しっかりと安定した売上をあげています。丁寧な仕事で納期もきちんと守るから、取引先の信頼が厚いのでしょう。けれど経営者として勉強しなければならないことは、まだまだたくさんあります。しっかりとサポートしますので、佐原社長には女性が活躍する場を増やす先駆者になってもらえれば。ぜひ、一緒に頑張りましょう!」。

取材のあと、工場の前に積まれた荷物を前に「ここも手狭になってきたねぇ」。そんな言葉が誰からともなくこぼれます。エス工房、いまのところ歩みは着実です。

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